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最高裁判所第三小法廷 平成5年(行ツ)169号 判決

北海道上川郡清水町字清水基線五四番地

上告人

中原ふじ

札幌市豊平区西岡二条九丁目一番二七号

上告人

水上トミコ

北海道帯広市東六条南二丁目二番地

上告人

山田マサコ

河西郡芽室町西三条南四丁目一番地二〇

上告人

西村かよ

東京都中野区沼袋一-一九-四

フォーレスト一-三〇三

上告人

板倉良子

右五名訴訟代理人弁護士

佐藤哲之

内田信也

北海道帯広市西五条南六丁目一番地

被上告人

帯広税務署長 松本修

右指定代理人

須藤義明

右当事者間の札幌高等裁判所平成四年(行コ)第三号所得税更正処分取消請求事件について、同裁判所が平成五年七月二〇日言い渡した判決に対し、上告人らから全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人佐藤哲之の上告理由について

本件農地の売買代金額に損害賠償金が含まれているとは解し難いとする原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、製陶として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、違憲をいう点を含め、原審の認定に沿わない事実に基づいて原判決の不当をいうものであって、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 園部逸夫 裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 可部恒雄 裁判官 大野正男)

(平成五年(行ツ)第一六九号 上告人 中原ふじ 外四名)

上告代理人佐藤哲之の上告理由

第一 原判決には、税法の大原則である実質課税の原則の解釈、適用を誤った結果、憲法一四条に違背する不平等な課税を招来せしめた違法がある。

一 原判決も、所得税法九条一項二一号(当時)、同法施行令三〇条で非課税所得とされている損害賠償金、見舞金およびこれに類するものに、上告人が主張している損害賠償金のうち、「工場およびその廃液・汚水からの悪臭並びに地下水の汚染による飲料水の汚濁などによって精神的・肉体的苦痛を被り続けたことによる損害」と「右公害により本件土地による営農継続を断念せざるを得なくなったことによる精神的損害」が該当することはこれを認めている。

ところが、工場廃液・汚水による土壌汚染が絡んだ公害事件を、加害者が当該土地を、被害者も納得できる、損害賠償金を含んだ代金額で買い取り解決する(加害者は名を取り、被害者は実を取る)ということがあることは周知の事柄であるところ、原判決は、その場合の売買代金額に非課税の損害賠償金が含まれているか否かを判断する基準として、「契約書上売買代金と表示された金額の中に損害賠償金を含ませることについて当事者間に合意の存在する場合」と「右合意の存在までは認められないとしても、売買代金額がその物件の価格に対比して合理的な説明がつかない程高額であって、契約締結に至った経緯に照らし損害賠償金を含むと解しなければ不合理な場合」の二つを定立し、本件は、「少なくとも本件農地部分の売買に関する限りにおいては」との留保付ではあるが、いずれにも該当しないとして上告人の請求を棄却した第一審判決を支持して、控訴を棄却したのである。

二 右のような場合、契約書上売買代金と表示された金額の中に損害賠償金を含ませることについて当事者間に合意の存在までは認められないとしても、「売買代金額がその物件の価格に対比して合理的な説明がつかない程高額であって、契約締結に至った経緯に照らし損害賠償金を含むと解しなければ不合理な場合」には売買代金額に非課税の損害賠償金が含まれていると考えるべきであるとの判断それ自体は、課税における実質主義の適用として正しい姿勢ではある。

しかしながら、課税における実質主義を正しく適用すれば、更に、契約書上形式的に被害者において「損害賠償請求権を放棄する」旨の記載がなされている場合であっても、「売買代金額がその物件の通常の価格に対比して高額であって、契約締結に至った経緯に照らし損害賠償金を含むと解しなければ不合理な場合」には売買代金額に非課税の損害賠償金が含まれていると解すべきである。

けだし、かように解し、適用しなければ、明らかに売買代金額の上乗せ分と損害賠償請求権との間に代償関係があり、実質課税の原則に照らせば、課税庁はこの代償関係を考慮しない代金額に課税することで満足すべきであるにもかかわらず、最終的な課税の点まで考慮できる専門家が介在した場合とそうでない場合とで課税上異なる結果を招来し、税負担という国民にとって重大な不利益の点で憲法一四条に定める平等原則に反する結果をもたらすことになるからである。課税庁も本件契約書に表れた「『工場廃液による土地汚染に関する被害賠償並びに補償』についての申し出の趣旨目的請求を破きし」という表現がなければ本件のような課税を躊躇したであろうことは明白であろう。

三 本件の場合、あくまでも損害賠償金としての金銭の支払いを拒否した訴外ホクレン農業協同組合連合会とあくまでも前記公害による損害賠償を求め続けた訴外中原一正との間で、紛争の解決のための苦肉の策として、被害者である訴外中原側で損害賠償ということを言わない代わりに、加害者である訴外ホクレン側で一反あたり金五〇万円以下の土地を金一四〇万円出して取得することにしたのである。

売買代金総額を各種名目に割り付けた結果得られる課税上の利益を考慮しても、それだけでは吸収しきれない売買代金の上乗せ分と損害賠償請求権との代償関係が残存することは客観的に明白だと言わなければならない。

かかる場合に、「損害賠償請求権は一正において任意に処分することができ、本件土地の代金額は当事者間で自由に決定できる」ということで、売買契約において、売主であり、被害者である訴外一正が「損害賠償請求権を放棄」している以上、売買代金額に非課税の損害賠償金が含まれていると解することができないというのでは、訴外一正側は紛争解決の処理技術に拙劣であったため結果において過大な税負担を負わなければならないことになり、実質課税の原則の判断を誤った結果、憲法一四条に反する結果を招来することになっているのである。

第二 原判決には、当事者の意思解釈における経験則、論理則の適用を誤った結果、自ら定立した非課税所得である損害賠償金に該当するか否かの判断基準の適用を誤った違法がある。

一1 本件の場合、契約書に「『工場廃液による土地汚染に関する被害賠償並びに補償』についての申し出の趣旨目的請求を破きし」という表現はあるものの、売買契約の当事者間で、対課税庁との関係でも、売買代金の中に非課税の損害賠償金を一切含めないとの合意までしていた訳でないことは明白である。

2 かかる場合、原判決は、前記第一の一記載のとおり、「売買代金額がその物件の価格に対比して合理的な説明がつかない程高額であって、契約締結に至った経緯に照らし損害賠償金を含むと解しなければ不合理な場合は、売買代金中に損害賠償金を含むと認め得る余地がある」とする。

しかしながら、この場合、何故に買主である加害者が通常の価格以上に高い買い物をしなければならなかったを考えれば、上乗せ額と損害賠償請求権とは相関関係、代償関係があるのであるから、加害者である買主側に、特別に高い買い物をしなければならないその他の理由が認められない限り、右基準を満たすと解しなければならない。

本件の場合、買主側にかかる事情は一切なく、明らかに不合理なのである。

二 原判決が定立した右一の2の判断基準が、仮に被害者である売主側で真に損害賠償請求権を放棄した場合のものであって、その場合でも右場合には売買代金に課税上一定額の損害賠償金を含むと認定すべきであるとの積極的なものであるとしても、本件はその場合に該当する。

けだし、原判決も「少なくとも本件農地部分の売買に関する限りにおいて」右基準に該当しないと判示しているが、本件の場合にあっては、金額確定の経緯からも明らかなとおり、比較されるべき金額は当初の一反あたり金一四〇万円であって、金一〇〇万円ではないのであって、それにもかかわらず農地部分に限定して判断していること自体、その不合理性を辞任していることを示しているからである。

以上のとおり原判決は違法であって破棄されるべきである。

以上

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